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東京地方裁判所 昭和62年(特わ)1547号 判決 1988年3月22日

主文

被告人東芝機械株式会社を罰金二〇〇万円に、同林隆三を懲役一〇月に、同谷村弘明を懲役一年に処する。

被告人林隆三及び同谷村弘明に対し、この裁判確定の日から各三年間それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(認定事実)

第一被告人東芝機械株式会社(以下「被告会社」という。)の概要及び被告人林、同谷村の身上、経歴等

一被告会社の概要等

被告会社は、昭和二四年三月一八日に設立された株式会社芝浦機械製作所が同三六年六月芝浦工機株式会社を吸収合併して商号を東芝機械株式会社と変更し、本店を東京都中央区銀座四丁目二番一一号に置き、営業目的を工作機械、繊維機械、電気機械、電子機器等及びその部分品の製造並びに販売とし、資本金は七三億六一三四万七一四〇円、従業員数は約三七〇〇名の我が国有数の工作機械メーカーの一つである。

被告会社の代表取締役社長は、昭和五二年六月から同五八年六月二八日まで久野昌信が、同日から同六二年五月一五日まで飯村和雄がその任にあり、被告会社の組織のうち海外本部の中の工作機械輸出部(同五七年ころまでは第一輸出部)が工作機械等の輸出関係を、工作機械事業部が工作機械等の設計及び製造を、電気制御部が数値制御装置(以下「NC装置」という。)の関係をそれぞれ担当していた。

被告会社においては、昭和五〇年ころから、オイルショックで低迷する工作機械の需要を共産圏諸国、特にソ連、ルーマニアへの輸出でカバーするようになり、同五一年ころには右両国の頭文字を取り「SRプロジェクト」の名称を付して効率的な製造計画を立案し成果を挙げ、被告人林、同谷村もそのメンバーとして関与していた。

ところで、ソ連をはじめとする共産圏諸国に対する輸出は、景気に左右されない計画経済による安定した需要があること、窓口が公団一本で効率的であること、国家が取引の相手であり代金の回収が確実であること、アフターサービスの要求が少ないこと等のメリットがある一方、対共産圏輸出統制委員会(以下「ココム」という。)や外国為替及び外国貿易管理法及び関係政令、省令(以下「外為法令」という。)等による規制、契約条件の特殊性、行動の制限等のあい路があつた。

二被告人林隆三の身上、経歴等

被告人林は、昭和三三年三月に早稲田大学第二理工学部を卒業し、同年四月芝浦工機株式会社に入社し、同五一年三月工作機械事業部専任課長兼海外事業部第一輸出部専任課長、同五五年一〇月工作機械事業部長室RFCグループ専任次長、同五八年四月同室長、同五九年一〇月以降工作機械生産推進部長、材料事業部鋳造部長を各歴任し、その間、前記SRプロジェクトのプロダクトマネージャー、同五四年夏ころから同五五年九月ころまで工作機械事業部長室に所属し「引合いセンター」のメンバーとして海外貿易及び国内受注等の調整立案作業にも従事し、本件輸出の関係では同五五年一一月初めころ事業部長から製造側の立場で輸出部をサポートするよう指示されて関与したが、本件により現在休職中である。

三被告人谷村弘明の身上、経歴等

被告人谷村は、昭和三五年三月に横浜国立大学工学部機械工学科二部を卒業して芝浦工機株式会社に正社員として入社し、同五〇年から海外事業部(後に海外本部)第一輸出部専任課長、同部第五課長、同部専任課長を経て、同五四年三月同部第五課長(共産圏諸国を含むヨーロッパ全域担当)、同五七年四月工作機械輸出部第三課長(中国を含む共産圏諸国担当)、同五八年四月同部専任課長、同五九年一〇月以降工作機械事業部工作機械輸出部専任次長、工作機械第一技術部専任次長、同部開発設計グループ専任次長を各歴任したが、本件により現在休職中である。

第二本件金属工作機械本体の輸出及び

ソフトの提供

一全ソ技術機械輸入公団からの引合い

1 和光交易株式会社(以下「和光交易」という。)は、昭和二七年一一月五日に設立された各種機械器具等の販売輸出等を営業目的とする専門商社(本店・東京都中央区八丁堀、資本金一億六〇〇〇万円)で主としてソ連などの共産圏諸国相手の貿易を手掛け、モスクワ支店には複数の駐在員を滞在させ、同五三年一二月から同五七年二月ころまでは熊谷一男が、その後は鈴木徹が首席駐在員として在任していた。

2 昭和五四年一〇月ころ、和光交易モスクワ支店の熊谷は、全ソ技術機械輸入公団=テクマシー・インポート(以下「テクマシー」という。)から大型船舶用のプロペラ加工機の引合いを受けてこれを本社に連絡した。

3 同年一一月ころ、被告人谷村は、かねて知合いの和光交易の鈴木からテクマシーからの右引合いを伝えられ、これを上司の第一輸出部長阿久津昭次に報告の上、同五五年一月下旬ころ、別の商談を兼ねてモスクワに赴き、熊谷の通訳で、テクマシーの技術担当者トロイツキーやユーザーであるレニングラードのバルチック工場関係者フィルスコフらに被告会社の大型船舶用プロペラ加工機MBP/110、大型立旋盤TDP等の総合カタログを提示して交渉に入つたところ、テクマシー側は右プロペラ加工機MBP/110(NC装置の仕組みとしては一つの制御軸を共有する二組の同時五軸制御であり、機械全体としては同時九軸制御となる。)に右立旋盤TDPのターニング機能(同時二軸制御で足りる。)を付加させたもの(以下「本件金属工作機械」という。)を強く求めていることが分かつた。

しかし、被告人谷村は、テクマシー側の要求する本件金属工作機械を輸出するとなればココムや外為法令等の規制に触れることになるため、日本からは同時二軸制御のNC装置付き機械しか輸出できない旨話したところ、テクマシー側から「それでは本件金属工作機械を同時二軸制御の機械として輸出しNC装置をソ連で同時五軸制御に改造すればよい。それをやる企業が日本にないのであればNC装置についてはノルウェーのコングスベルグ社に相談してみてはどうか」などと提案された。

被告人谷村としては、当時ソ連からの受注量が大幅に減少し輸出部として非常に苦しい状況にあつたことから、ココムや外為法令違反のリスクを感じながらもなんとかこの商談をまとめたいという意欲にかられていたため、以上の交渉の経過を阿久津に報告し、同年三月初めころ同人と共にコングスベルグ社(以下「コング社」という。)を訪れ、テクマシーの前記提案について打診したところ、いとも簡単に全面的協力が得られる見通しがついたため、その方向で検討することになつた。

二交渉の経緯と社長、関係部長らの了解

1 被告人谷村は、その後、工作機械事業部工作機械技術部大型機械設計課専任課長の湯浅明彦らと共にテクマシーのトロイツキー、本件金属工作機械のユーザーであるバルチック工場のフィルスコフら及びコング社との技術交渉を重ねる一方、交渉経過を随時工作機械事業部工作機械技術部長澤田潔、海外本部長森久保政司及び久野社長らにも報告して了承を得、同年七月二五日には、被告会社の沼津事業所において、澤田、技術部次長森田精一郎、同本田弘幸、同部次長兼大型機械課長長谷川悟、湯浅、被告人谷村のほか工作機械事業部引合いセンターの窓口担当者という立場で被告人林の七名が集まり、ソ連へ輸出する工作機械をどのようなものにするかについてココムや外為法令等の輸出規制も踏まえた上での検討会が開かれた。その会議では右輸出規制に触れることを危ぐした消極意見も出たが、最終的には、その検討会の結果報告に基づき、工作機械事業部長小池八衛が同時九軸制御のMBP/110にターニング機能を加えた本件金属工作機械を表向きは同時二軸制御の立旋盤TDP/110として輸出し、NC装置についてはいつたんコング社から同時二軸制御のものを輸入して機械本体に取り付けソ連へ輸出後同社をして同時五軸制御に改造させるという基本方針を決定した。その際、小池は「これがばれたらこんなことになるかもしれない」などと言つて両手首を前にして手錠をかけられるジェスチャーをした。

この基本方針は小池や森久保から久野社長にも報告されて了解された。

2 被告人谷村は、右方針に基づきテクマシー側と本格的に商談を進めていたが、昭和五五年一〇月一三日ころ、和光交易モスクワ支店事務所において、阿久津と共に、テクマシーのジャーロフやトロイツキーと交渉した際、同人らから本件金属工作機械を同時九軸制御で作動させるために必要なNCテープを作成するためのコンピュータ・プログラム類(以下「ソフト」という。)を被告会社で制作すること、コング社がNC装置を改造するについて被告会社が協力することとを検討するよう要請された。

そこで、被告人両名、森田、湯浅、開発グループ専任課長関口久夫らは、同月三一日、被告会社沼津事業所において、テクマシーからの右要請についての技術的対応及びいかにして外為法令違反のリスクを少なくするかについて検討会議を開き、同年一一月中旬にはコング社からグリーンらが沼津事業所を訪れ、また被告会社から関口がコング社に赴くなどして交渉を重ねた結果、

(一) NC装置については、コング社のNC2000を採用し、これが同時五軸制御の機能を有することを確認した上で同時二軸制御にレベルダウンして輸入し、被告会社がこれを本件金属工作機械本体に取り付けてソ連に輸出する

(二) ソフトについては、被告会社が制作し、本件金属工作機械本体とは関係ないものとしていつたんコング社に提供し、さらに同社からこれをソ連に提供する

(三) NCテープ作成のための電子計算機については、コング社のものを使用する

ことで交渉がまとまり、同月下旬には被告会社工作機械事業部の運営会議において、阿久津から各部長に一連の方針及び交渉経過の報告と秘密保持の要請をして、その了解を得た。

三最終的契約交渉と契約締結

1 以上の基本方針と交渉経過をふまえて、被告人林、同谷村及び阿久津、湯浅らは、同五五年一二月初めころから同五六年四月二〇日ころまでの間再三にわたつてモスクワ、ノルウェーを訪れてテクマシー及びコング社の関係者らと仕様書、契約書、納期、価格、立会検査等につき最終段階の交渉を重ねた。

その間の同月一七日ころ、テクマシー側から

(一) 被告会社はテスト運転に立ち会つて本件金属工作機械がソ連の求める最大形状のプロペラ加工機能及び許容値内の精度を有することを確認する

(二) 被告会社はソフトをNCメーカー(コング社)経由でソ連に提供する

(三) 被告会社はNCメーカーがソ連でNC装置を同時五軸制御に改造するについて技術的協力をする

旨の条項を契約書中に明記するよう求められ、被告人林、同谷村及び湯浅らは通商産業省(以下「通産省」という。)への輸出申請に必要な契約書中にそのような条項を入れれば輸出承認が得られない旨を説明して説得を試みたものの、テクマシー側の強硬な要請によりやむなく右条項等に関するプロトコール(確約書)を取り交わすことにし、これには被告会社側では技術的立場から被告人林が、ユーザー側ではフィルスコフがそれぞれ署名し、さらにテクマシーの副総裁アラベルドフの強い要望で右プロトコールと契約書をリンクさせ被告会社は右プロトコールの内容を誠実に履行する旨を約したサイドレターに阿久津が署名するなどして契約締結の運びとなつた。

2 ところで、本件金属工作機械の引合いは当初和光交易からあつて交渉時における通訳業務などもほとんど和光交易の熊谷が担当していたが、被告会社では、従前からソ連への工作機械の輸出については伊藤忠商事株式会社(以下「伊藤忠商事」という。)を公式の売主としていた関係上、被告人谷村及び森久保は、同五五年一〇月ころから同五六年二月ころにかけて、伊藤忠商事のソ連向け輸出を担当している重機械第二部第六課長及び同第二部長に対し、本件金属工作機械が同時九軸制御のプロペラ加工機であることを秘し同時二軸制御のターニング機能を有する大型立旋盤であると説明し、同社に公式の売主となつてくれるよう依頼して承諾を得、同年四月二四日、伊藤忠商事モスクワ支店において、本件金属工作機械四台の売買契約書(売主伊藤忠商事、買主テクマシー。購入価額約一七四三万ドル、為替レート換算で約四一億二五〇〇万円)が作成され、製造者である被告会社を代表して阿久津もこれに署名して正式に契約が締結された。

この契約締結については、久野社長、小池、森田らにも報告された。

四通産省に対する輸出承認申請

1 右契約締結に先立ち、被告人谷村は、同時九軸制御の本件金属工作機械を同時二軸制御の大型立旋盤TDPとして輸出するとの基本方針がほぼ決まつた同五五年一一月中旬ころ、伊藤忠商事の社員と共に通産省に対し同時二軸制御の大型立旋盤TDPをソ連に輸出するとして事前相談をし、さらに同五六年五月一〇日過ぎころ、本件金属工作機械のNC装置が現地ソ連においてコング社の手で同時二軸制御から同時五軸制御に改造されることを秘して本件金属工作機械の輸出が外為法令等の規制に触れない旨説明した諸資料等を伊藤忠商事に交付し、同社はこれを通産省に提出して同年八月五日付けで非該当証明書の交付を受けた。

2 また、コング社経由でソ連に提供する予定のソフトについては、同年八月二一日付けで被告会社がコング社との間にソフトを提供する契約(代金二〇万二〇〇〇ドル、為替レート換算で約五二二七万円)を締結し、被告人林、同谷村らは、通産省に対し、その真実の内容、最終的な提供先等を秘して本件金属工作機械とは無関係なコング社内における部品加工用の工作機械の作動に関するソフトであるかの如く記載した内容の役務取引許可申請書等を作成して通産省に提出し、同五七年一月一九日、通産大臣からソフトの取引許可を得た。

五本件金属工作機械及びソフトの製作とその輸出

1 本件金属工作機械四台は、上層部の意を受けた被告人林から秘密を厳守するよう指示された各担当者らによつて、同五六年九月ころから被告会社沼津事業所で製造が開始され、同五七年七月から同五八年一月までにコング社から輸入された同時二軸制御のNC装置を取り付けて、同五七年一一月から同五八年五月までの間に順次完成され、ユーザー側のフィルスコフらによる立会検査も終了して、同五七年一二月から同五八年六月までの間、四回にわたり東京港からソ連に輸出された。

2 ソフトについては、関口が同五六年五、六月ころ、部下に命じて作成させ、同年一二月ころから同五七年九月ころにかけて順次コング社へ引き渡された。

第三本件スナウトの輸出及び修正ソフトの提供

一ソ連側のクレームと被告会社の譲歩

本件金属工作機械等は、前記の如く順次ソ連国内に搬入され、同五八年七月から一二月にかけて、レニングラードのバルチック工場において、被告会社社員らが一号機と三号機の据え付け指導及びコング社によるNC装置改造後の同時九軸制御での作動検査に立ち会つた際、ソ連側からプロペラの切削範囲が被告会社の保証した内容より狭いとのクレームをつけられ、これが解決しない限り被告会社社員らが帰国させてもらえないような事態となつたため、当時の工作機械事業部長澤田の指示で同工場へ派遣された被告人林が、同五八年一二月二〇日ころからフィルスコフらと交渉した結果、切削範囲を広げるために被告会社がスナウト(カッターヘッド)の提供を検討することになった。そこで、帰国した被告人林は澤田に対しソ連側の強硬な態度等を考慮するとスナウトの提供はやむを得ない旨報告してその了承を得た上、被告人両名及び湯浅が、同五九年一月下旬、スナウトの外形図を持参してモスクワへ赴き、和光交易モスクワ支店事務所において、当時の首席駐在員鈴木の通訳でトロイツキー、フィルスコフらと種々交渉した末、被告会社に落度がないことを確認する代わりにスナウト一二個とそれらのスナウト用に修正したコンピュータ・プログラム類(以下「修正ソフト」という。)を無償で提供することでようやく合意に達した。

二スナウトの輸出

かくして、スナウトについては、同五九年二月中旬ころから被告会社沼津事業所で製造が開始され、一部は外注に出すなどして、同年五月中旬にはスナウト一二個が完成した。

これらスナウトも、既にソ連で同時九軸制御で作動している本件金属工作機械の部分品であるからソ連に輸出するとなればココムや外為法令等の規制を受けるため、被告人谷村は、通産省に対し輸出承認申請も非該当証明申請もせず、部下に命じて伊藤忠商事を介し、税関に対して既に前記の如く通産省から非該当証明を得て輸出した本件金属工作機械の部分品であつてソ連側のクレームによりアフターサービスとして無償で輸出する非該当貨物である旨申告させ、その結果、同年六月一三日付けで横浜税関からその輸出許可を得た。

三修正ソフトの提供

修正ソフトについては、同五九年六月中旬ころ、被告会社沼津事業所の電子計算機に保存していた本件金属工作機機用のソフトを利用してその一部分にスナウトの使用に適するような追加、修正情報を加えるなどしてその部分に関するパートプログラミングマニュアル、コンピュータ・プログラムズマニュアル、ソースプログラムリストを完成させた。

この修正ソフトも、同時九軸制御の本件金属工作機械の使用に係る技術であり、かつ電子計算機の使用に係る技術であるからソ連へ提供するとなればココムや外為法令等の規制を受けるため、通産大臣に対する役務取引の許可申請をすることなく、同月二五日ころ、被告人林がこれら修正ソフトのテクマシー宛の送り状に署名し、被告人谷村が右修正ソフトの入つた封筒を和光交易本社へ持参した上、当時右本社ソ連課長となつていた熊谷を介し、モスクワへ出張する商社員に和光交易のモスクワ支店事務所へ届けるよう依頼した。

第四罪となるべき事実

被告人東芝機械株式会社は、東京都中央区銀座四丁目二番一一号に本店を置き、工作機械等の製造及び販売等を目的とする居住者、被告人林隆三は同社の工作機械事業部長室室長として工作機械等の製造等に従事していたもの、被告人谷村弘明は同社の海外本部工作機械輸出部専任課長として工作機械等の販売等に従事していたものであるが、被告人林及び同谷村は、

一湯浅明彦らと共謀の上、被告会社の業務に関し、同時に制御することができる軸数が九である金属工作機械(数値制御装置の仕組みとしては一つの制御軸を共有する二組の同時五軸制御であり、機械全体としては同時九軸制御となる。)の部分品であるスナウト(カッターヘッド)をソヴィエト社会主義共和国連邦(以下「ソ連」という。)に輸出するには通商産業大臣の書面による承認を受けなければならないにもかかわらず、法定の除外事由がないのに、右承認を受けることなく、昭和五九年六月二〇日ころ、右スナウト一二個(製造原価約二三三六万円相当)を神奈川県横浜市鶴見区所在の横浜港大黒埠頭から船積みしてソ連のイリチエフスク港に向けて輸出し、もつて通商産業大臣の承認を受けないで貨物を輸出し

二右湯浅及び鈴木徹らと共謀の上、被告会社の業務に関し、同時に制御することができる軸数が九である金属工作機械(数値制御装置の仕組みとしては一つの制御軸を共有する二組の同時五軸制御であり、機械全体としては同時九軸制御となる。)の使用に係る技術であるとともに電子計算機の使用に係る技術を、非居住者である全ソ技術機械輸入公団に提供する取引をするには、通商産業大臣の許可を受けなければならないにもかかわらず、法定の除外事由がないのに、右許可を受けることなく、昭和五九年七月一日ころ、前記金属工作機械の部分品であるスナウトを装着して右金属工作機械を作動させるための技術であるとともに電子計算機の使用に係る技術であるパートプログラミングマニュアル、コンピュータ・プログラムズマニュアル、ソースプログラムリスト(制作原価約七三万九〇〇〇円相当)を和光交易株式会社社員熊谷一男を介し情を知らない三井物産株式会社社員池田欽也をして手荷物として和光交易株式会社モスクワ支店事務所へ届けさせてソ連に搬出させた上、同月六日ころ、右モスクワ支店事務所において、右鈴木がこれを全ソ技術機械輸入公団の指定するレニングラードのバルチック工場関係者フィルスコフに交付して提供し、もつて通商産業大臣の許可を受けないで役務取引をし

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

罰条

判示第一

刑法六〇条、昭和六二年法第八九号附則八条により同法による改正前の外国為替及び外国貿易管理法七三条一項、七〇条二九号、四八条一項、昭和六二年政令第三七三号附則五条により同政令による改正前の輸出貿易管理令一条一項一号、別表第一の一一五の項、ただし、行為当時においては昭和六〇年政令第七号による改正前の輸出貿易管理令の同条項

判示第二

刑法六〇条、昭和六二年法律第八九号附則八条により同法による改正前の外国為替及び外国貿易管理法七三条一項、七〇条二〇号、二五条二号、外国為替管理令一七条の二、別表の一五の項、二〇の項(輸出貿易管理令別表第一の一一五の項)、ただし、行為当時においては昭和六二年政令第三七三号による改正前の外国為替管理令一八条一項四号、昭和六〇年通商産業省令第四号による改正前の貿易関係貿易外取引等の管理に関する省令九条(別表の四の項、昭和六〇年政令第七号による改正前の輸出貿易管理令別表第一の一一五の項、一六五の項)

刑種の選択

判示各罪につきいずれも懲役刑(被告人林及び同谷村)

併合罪の処理

1  被告会社

刑法四五条前段、四八条二項

2  被告人林及び同谷村

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(いずれも犯情の重い判示第一の罪の刑に加重)

刑の執行猶予

刑法二五条一項(被告人林及び同谷村)

(量刑の理由)

一本件は、わが国における大型工作機械のトップメーカーである被告会社がいわゆるココム規制及び外為法令に違反して大型船舶用プロペラ加工機の部分及び技術をソ連に輸出、提供した事案であり、その結果、これが友好諸国との約束を誠実に実行し国際協調を図りながら自由貿易体制を維持していこうという我が国の外交、通商政策及び経済活動に与えた悪影響はまことに深刻である。

二ところで、被告人らは、本件裁判の対象となつているのは平凡な部分品であり、ごく簡単な内容の技術であるかのごとく供述し、したがつて又、これらの輸出について通産大臣の承認や許可を要することについては考えが及ばなかつた、知らなかつたなどと主張する。そこで検討するに、そもそも右部分品や技術を輸出するに至つたのは、それに先立ち本件金属工作機械四台(約四一億二五〇〇万円相当)をココム規制や外為法令等に違反してソ連に輸出したが、その作動検査の結果、ソ連側からクレームがつき、やむなく右工作機械の部分品である本件スナウト及びその使用に関する技術である修正ソフトを無償で輸出、提供したという経緯があるのであり、本件金属工作機械の輸出が公訴時効完成のため公訴提起されていないとはいえ、これら密接に関連する事情を本件から切り離して考察することはできない。のみならず、前判示のとおり、被告人らは後に現地ソ連においてNC装置を同時五軸制御方式に改造して取り付けられるよう機械本体を設計、製造しておきながらこれを秘匿し、輸出時点においてわざわざ同時二軸制御のNC装置を取り付けて表向きソ連への輸出規制のない同時二軸制御の大型立旋盤に見せるテクニックにより通産省から非該当証明を受けて本件金属工作機械を輸出しており、したがつて当初からソ連側の要求する本件金属工作機械がココム規制や外為法令等に触れると認識していたこと、本件部分品であるスナウト及び技術である修正ソフトを輸出した時点においても当初の予定どおり被告会社がコング社に協力して既にNC装置の改造によりソ連で同時九軸制御の金属工作機械として作動していることを知りながら、右機械に用いる部分品である本件スナウト及び技術である修正ソフトを輸出したことなどの事実に徴すれば、被告人ら(特に同林)が個々の法令や条項について十分な知識、理解を欠いていた面があつたとしても、捜査段階で供述しているように、これらがココム規制に関連する法令等に触れる輸出であることの認識を当然有していたと考えるのが自然である。仮に百歩譲つてもソ連等へ輸出する機械を製造、販売する会社の中堅幹部でありながら何が規制品目であるかの検討はおろか、通産省への問い合わせすらせずに本件輸出に及んだのは重大な不注意であるとのそしりを免れない。

したがつて、本件を取るに足りない貨物、技術の輸出に関する法の無知による些細な手続違反であるなどと軽視することはできない。

三そこで、本件全体を考察するに、被告会社は、当時の社長を含めた最高幹部らの了解、指示によつて消極意見を押さえ込んで本件商談を推進し、本件犯行当時、通産省においては少数の係官が山積みされた輸出申請書類を前にして特段の事情のない限り申請書類に真実の内容が記載されているとの前提で、特に一流企業からの申請であれば一層の信頼を置いて審査をしていたことを逆手に取つて不正直な方法で本件一連の輸出に及び、しかも和光交易の熊谷がココム委員会へ通告して本件が発覚した後も、関係者協議の上、関係書類の廃棄、通産省への虚偽説明などの隠ぺい工作をし、ひいては政府の迅速かつ適正な対策を遅らせ、その結果、自由主義諸国家なかんずくアメリカの我が国政府や企業に対する不信感を著しく増大させ、東西貿易に萎縮後退の傾向を生じさせるなどの重大な結果を招いたものであつて、被告会社は厳しい非難を免れない。

四本来、私企業が自由で積極的な貿易活動を通じて利潤を追求することそれ自体は何ら非難を受けるものではない。むしろ、こうした経済活動が我が国の発展に寄与した功績は見逃せないが、利益優先の余り国際社会でのルール、モラルを無視するような企業活動は厳に慎まなければならない。被告人らはココム規制や外為法令等が不明確であるとか、我が国に比し西欧諸国のココム規制に対する解釈、運用が緩やかである旨供述するが、そうであるならば個々の商談の過程で法網をくぐる道を探るようなことを企業戦略とするのではなく、発言力のある大企業の被告会社としては、業界全体のためにも、平素からもつと強く我が国政府に対し、外為法令の明確化を促し、ココム規制の緩和、簡素化について外交の場で主体的主張をするよう要望するなどの堂々とした行動に出るべきであつた。

目先の利益に惑わされて危ない小径を走るのではなく、遠回りでも正道を歩んでこそ真に一流企業と言われるに値しよう。

五他方、本件犯行に至る動機、経緯等を見れば、当時被告会社においては対共産圏輸出が不況対策として期待されていたこと、ソ連側からココム規制や外為法令等の網の目をくぐるような輸出手段を提案され、これについてノルウェーのコング社が積極的に協力を引き受けたこと、被告会社は本件金属工作機械を軍事用と考えていたものでもなく、これが具体的に国際的な平和、安全の維持を妨げたとの立証がなされたわけでもないこと、又、本件により被告会社は既に対共産圏輸出禁止の行政処分、売上減少など種々の社会的制裁も受けていること、同種事犯の再発防止措置を講じていることなど酌むべき事情も存する。

被告人林及び同谷村については共に本件犯行に深く関与しているが、いずれも上司の指示により被告会社の業務として行なつたもので個人的利得はもちろんその目的も全く無かつたこと、特に被告人林は本件輸出の基本方針がほぼ決まりかけたころから主として技術面に携わり消極意見を述べたこともあつたが上司の業務命令には抗しきれずこれに従つたに過ぎないこと、同谷村は輸出部の共産圏諸国担当課長の立場にあつたためソ連からの受注減少を苦慮した焦りから本件引合いに対応するに至つたこと、上司らが退社、異動等により処罰を免れているのに、その指示に従つた被告人両名だけが厳しく処罰されるのは酷であること、既に休職処分、身柄拘束等の制裁を受けていることなど同情すべき事情も存する。

そこで、その他一切の情状を考慮して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官米澤敏雄 裁判官永井崇志 裁判官谷健太郎)

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